大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)300号 判決 1963年11月08日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴組合の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審共被控訴人の負担とする。」
との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、ならびに、証拠の提出、援用、認否は、次の通り付加、訂正するほか、原判決事実摘示の通りであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決事実摘示被吉の抗弁第二項、六行目に被吉とあるのは破産者の誤記と認める。)。
被控訴人は、左の通り述べた。
「一、控訴組合の破産者に対する債権。
破産者は、昭和二八年八月二六日、訴外日比貿易株式会社(以下単に日比貿易という。)から買入れたラワン材丸太一、八〇〇本の代金五、〇四〇、〇〇〇円の支払資金に充てるため、控訴組合から、同日控訴組合が振出した金額金四、三四〇、〇〇〇円、満期を同年一一月八日とした約束手形及び金額を金七〇〇、〇〇〇円とした小切手各一通を借受け、更にその頃控訴組合から金七五〇、〇〇〇円を借受け、右約束手形金はその満期日に控訴組合によつて支払われたから、結局破産者は控訴組合に対し、右合計金五、七九〇、〇〇〇円を支払うべき債務を負担していたものである。
二、破産者が、前項の債務の内入弁済として、控訴組合に支払つた金額の明細は次の通りである。
<省略>
而して、被控訴人は、右の内2ないし14の弁済を本件否認の対象とし、その内金四、六九〇、〇〇〇円の支払を求めているものである。
三、破産者が手形不渡処分を受けた同二九年一月一六日現在(その後同月二〇日までの間に、新たに発生した債務がないから同月二〇日現在も同様)における破産者の債務額は次の通りである。
<省略>
(右の内○印を付したものは、破産宣告後債権の屈出をなし、かつ確定したものである。)
これに対し、同日現在における破産者の資産は、現金四〇五、二一〇円、定期預金一〇、〇〇〇円合計金四一五、二一〇円であつた。
四、第一項記載のラワン材を日比貿易から買受けたのは破産者であつて控訴組合ではなかつた。即ち、同二八年八月下旬、日比貿易がラワン材を輸入することを聞知した破産者は、これを買受けることにしたが、当時既に破産者の妻ミサが病気のため入院していたこともあつて、破産者の資金繰りも困難になつていた上、破産者が右妻名義をもつて控訴組合代表者たる訴外田中康夫から、原審において主張したように土地買入ならびに家屋建築資金を借受けていた関係もあつて、真実は右ラワン材を買受ける者が破産者で、控訴組合がその買入資金を破産者に貸与する関係であるのにかかわらず、このような形式をとるときは将来控訴組合に損害を生ぜしめるに至ることがあるのをおそれ、予め右損害発生を防ぐことを画策した結果、日比貿易に対する買受代金の支払を控訴組合振出の約束手形及び小切手をもつてなし、かつ、買受木材を控訴組合が破産者に委託販売させる形式をとることにより、表面上恰かも日比貿易からの買主が控訴組合であり、買受木材の売主も控訴組合であつて、売却代金の回収も控訴組合自らがこれを行うようにみせかけようとしたものである。
五、仮に本件ラワン材を日比貿易から買受けた者が控訴組合で、破産者が控訴組合から右木材の販売を委託され、その販売代金を控訴組合に支払つたものであるとしても、右支払行為は否認の対象になる。通常委託販売とは、受託者が自己の名をもつて他人のためになす物の販売をいうのであつて、受託者は自ら販売行為の当事者として権利義務の主体となり、しかも販売行為の経済上の効果が委託者に帰する点に特色があり、自ら法律行為の当事者となる点において代理人、代理商、仲立営業と異るものである。従つて、破産者において本件ラワン材を保管している間はその所有権が控訴組合にあつても、破産者がこれを他人に販売する場合の売主は破産者であり、買主も破産者からこれを買受けるのであるから、買主が買受代金として破産者に支払つた金銭、手形等の所有権は破産者に帰属し控訴組合の所有になるものではなく、又、控訴組合は破産者に対し、委託商品代金債権につき、破産者に対する他の債権者の債権に優先してこれが弁済を受ける権利を有するものでもないから、破産者の控訴組合に対する前記弁済は否認の対象となるものである。
六、破産者及び控訴組合の悪意について。
破産者及び控訴組合において、破産者の控訴組合に対する本件弁済が、破産債権者を害することを知つていたことは、原審において被控訴人が主張した事実のほか、次の諸事実からみても明らかなところである。即ち、
(一)製材業者である破産者が、同二八年六月一日から同年一二月二五日までに二六回に亘つて買入れた原木の内、これを製材することなく、即日若しくは数日内に原木のまま不当廉価で投売しているのは、別表の通り一一回に亘り合計四、三一九石で、原木買入総数の三分の一強に当る事実。
(二)同二八年六月一日から同二九年一月二〇日までの間における破産者の欠損金は、合計金一七、三八五、一一八円であるから、一ヶ月平均金二、一七三、一三九円の欠損をしていることになり、又、同二八年六月一日現在において確定した破産者の支払手形債務は
六月分金一、九五八、八四四円、七月分金一、六二四、九八一円、八月分金一、〇二九、五五二円
更に同年六月以降に仕入れた木材代金の支払月別金額は六月分金一五〇、〇〇〇円、七月分金五二五、七五八円八月分金一、三八二、七八二円、九月分金二、三〇四、九三二円、一〇月分金一、二二三、八九九円、一一月分金一、三〇四、六六五円、一二月分金四、四五二、四一八円(支払二ヶ月にわたるものは半額宛の計算とした)
となるから、六月から八月までの支払債務合計額は、
六月分金二、一〇八、八四四円、七月分金二、一五〇、七三九円、八月分金二、四一二、三三四円
となる。
これに対して、同年六月一日以降の仕入石数及び金額(概算額)は、
六月分一、二四八石 金三、四六六、〇〇〇円、
七月分一、五一一石 〃四、〇四六、〇〇〇円、
八月分二、四三四石 〃七、〇一一、〇〇〇円、
九月分 八〇〇石 〃二、〇七九、〇〇〇円、
一〇月分一、八二九石 〃五、一七三、〇〇〇円、
一一月分一、五六六石 〃四、六四九、〇〇〇円、
一二月分二、三〇七石 〃六、四三四、〇〇〇円、
となるところ、同年六月一日現在における破産者の在庫数は、僅かに五五石金二四七、五〇〇円に過ぎなかつたから、破産者は、前記六月分支払債務額の弁済に、同月分仕入木材売却による利益のみをもつて充当し得ないことは火を見るよりも明らかであつて(七月分以降の分についても同様)、勢い弁済資金を得るため仕入木材を投売せざるを得ない破目に立ち到つたものである。
(三)原審において主張した、破産者の妻サミ名義の池田市所在土地家屋につき、控訴組合代表者田中個人が同二八年一一月二四日附売買(実際は代物弁済)を原因として所有権移転の本登記をした上、同月一日にさかのぼつて一ヶ月金二〇、〇〇〇円の賃料でサミに賃貸している形式をとつているけれども、右家屋には破産者一家族が居住し、その生計を維持する費用はすべて破産者が負担していたのであるから、右代物弁済の原因債務五〇〇、〇〇〇円ならびに右賃料は、いずれも破産者が支払うべき筋合であるにかかわらず、無職無収入しかも入院中で支払能力のない妻サミを借主名義にしたのは、破産者が他の債権者からの不動産の取戻し追及を避けるため、形式上合法的に前記物件を控訴組合代表者たる田中個人の所有に移し、同人の利益を図らんとした結果にほかならない。而して、同年一〇月二〇日には、破産者は、浅野木材株式会社外三名から、三ヶ月なし四ヶ月先払の手形で一、二六九石の木材を買入れ、同月二五日には、右木材の内一、〇一一石を代金二、一七四、〇〇〇円で投売しており、又、同年一一月一五日には原木投売で約一、九〇〇、〇〇〇円の金を得ているから、右田中個人に対する前記五〇〇、〇〇〇円の債務は容易にこれを弁済して右物件の所有権を維持し得たのにかかわらず、単に右債務が妻サミ名義であることを理由にして、かかる処置をとらなかつたことは、田中個人の利益を図るとともに他の債権者の債権を害する意図のもとに行なわれ、それがすべて破産者自身によつてなされたものであることは、サミが当時入院中であつたことによつてこれを認めることができる。
七、控訴組合は、破産者が支払つた謝礼金七七〇、〇〇〇円は、控訴組合及びその代表者田中個人が同二六年から同二八年一二月までの間に、破産者に貸与した貸金に対する利息であると主張するが、同二七年二月当時控訴組合は破産者に対し逆に債務者の立場にあつたことは乙第八号証の一、二によつて認められ、同二八年六月一日現在において、破産者には支払手形債務以外に未払金債務がなかつたことは甲第一号証の一によつて認められるところであるから、右謝礼金の支払は、同二八年六月一日以降の分に対してなされ、その内訳が甲第七号証の通りであることが明らかである。
控訴代理人は次の通り述べた。
「一、控訴組合が、昭和二八年八月二六日、破産者に対し、被控訴人主張の約束手形及び小切手を交付し、更にその頃金七五〇、〇〇〇円を交付したことは、いずれもこれを認めるが、右各交付により控訴組合が破産者に対し貸金債権を有するに至つたとの被控訴人の主張を否認する。右同日控訴組合は、訴外株式会社白倉商店及び破産者の周旋により、訴外日比貿易からラワン材丸太一、八〇〇石を代金五、〇四〇、〇〇〇円で直接買入れ、これが代金を支払うため、控訴組合の使者たる破産者が、前記手形及び小切手を訴外日比貿易に持参したものであつて、破産者が右木材の買主でなかつたことは、通常買主が売主に対する代金支払のため、第三者振出の約束手形を譲渡する場合には、手形受取人として買主の氏名が記載され、買主がこれに裏書をするものであるのにかかわらず、前記約束手形の受取人として訴外日比貿易と記載され、破産者の氏名が記載されておらず、勿論破産者の裏書がなされていないことからみても明らかなところである。
二、破産者が控訴組合に対し、被控訴人主張二の通り、同二八年九月四日から同年一二月二四日までの間に合計金四、八二五、一〇四円を交付したことは認めるが、右は、いずれも控訴組合の所有に属する現金及び手形を、販売受託者として保管していた破産者が控訴組合に交付したものであつて、破産者がその所有に属するものを、控訴組合に対する債務の履行として控訴組合に支払つたものではないから、否認の対象になり得ない。
三、破産者のなした前項の交付が、仮に破産者の債務の弁済となり否認の対象になるとしても、控訴組合は右弁済が他の債権者を害する事実を知らなかつたものである。被控訴人は、控訴組合代表者田中個人が破産者の妻サミに対して、池田市所在の家屋建築資金を貸与し、その代物弁済として右家屋及びその敷地所有権を右田中個人が取得した形式にしているのは、破産者を債務者とし或は右物件の所有名義を破産者としておくと、将来右物件が破産者の他の債権者によつて取戻されるおそれがあつたので、これを回避するためであり、その証左として当時サミが無職無収入であつたことを挙げているが、サミが無職無収入であつたならば、右家屋建築に先立ち同二七年一二月に右敷地を買入れ得る筈がない。サミは、破産者が出征中は勿論、破産者が復員後も同二四年頃まで同人の病気中、破産者の家族の生計はすべてサミが営んでいた食料品等のいわゆる「ヤミ屋」によつて維持されてきたものであつて、同女には相当な経済的手腕があつたので、サミの懇請をうけた田中個人が同女に建築資金として第一回目の金五〇〇、〇〇〇円を貸与したのであるが、貸与当時同女が正業に就いていなかつたため、田中としては右土地家屋を担保として要求したことは止むを得なかつた。ところが、サミがその後更に建築資金の貸与方を求めたので、田中は更に金八四〇、〇〇〇円を貸与し、貸金合計は金一、三四〇、〇〇〇円に達したが、税金関係のことを考慮して登記簿上の債権額を金五〇〇、〇〇〇円と表示していたところ、同女が弁済期に右貸金の弁済ができなかつたので、田中はこれが代物弁済として右土地家屋の所有権移転を受けたものである。従つて、右取引はすべて田中個人とサミとの間になされたもので控訴組合及び破産者とは関係がないから、かかる事実があることをもつて、控訴組合が本件弁済について悪意があつたということができない。
四、原審は、控訴組合が破産者に対して本件手形を交付したことにより、右手形金の貸借が成立し、手形満期日までに破産者から控訴組合に販売代金をもつて逐次弁済して皆済し、控訴組合において右手形金を満期に支払う約旨であつたことを認定し、右のように理解するときは、破産者から右手形期日前に支払を受けた金員に対する利息が、右手形の借受について破産者から控訴組合に対して支払われる謝礼に当ることになり、右手形貸借の合理的な説明が得られると判断しているけれども、右謝礼金七七〇、〇〇〇円(甲第七号証記載)は、本件手形満期前に支払を受けた金員に対する利息ではなく、控訴組合及び田中個人が、同二六年から同二八年一二月までに現金をもつて貸与した貸金に対する謝礼金であつて、本件手形とは関係がない。」
証拠(省略)
理由
本件に対する当裁判所の判断は、次の通り付加、訂正するほか、原判決理由に説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決一二枚目表九行目に「被告」とあるのは「破産者は」、一三枚目表一〇行目に「取交しがなかつた」とあるのは「取交しがなされた」の、一七枚目及び一八枚目に「妻ミサ」とあるのは「妻サミ」の、一七枚目表一三行目に「九月」とあるのは「一〇月」のそれぞれ誤記であると認める。)。
一、昭和二八年八月二六日、控訴組合が破産者に対し、被控訴人主張の、金額四、三四〇、〇〇〇円の約束手形及び金額七〇〇、〇〇〇円の小切手各一通を振出して交付し、その頃、更に現金七五〇、〇〇〇円を交付したこと、破産者が控訴組合に対し、本件支払停止(同二九年一月一六日)及び破産宣告(同三〇年三月二五日)に先立ち、被控訴人主張の通り、同二八年九月四日から同年一一月二四日までの間に、合計金四、八二五、一〇四円を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、成立に争いのない甲第二ないし第四号証及び第一一号証の二に、原審証人白倉忠明、原審ならびに当審証人高浜幸雄及び梶家恭治(一部)当審証人新田太三郎の各証言、原審ならびに当審(一、二回)における控訴組合代表者本人尋間
の結果の一部、当審証人高浜幸雄の証言によつて真正に成立したと認められる乙第九号証、右本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる乙第三号証の一、二を考え合わせると、同二八年八月二八日頃、破産者が訴外日比貿易から本件ラワン材丸太一、八〇〇石を代金五、〇四〇、〇〇〇円で買受けるにあたり、買受資金として控訴組合から前示手形及び小切手各一通(金額合計右代金額と同額)を借受けたが、当時既に破産者には、右のような取引を自己の名義でなし得ないような信用状態であつたため、訴外日比貿易に対しては買主が控訴組合で破産者がその代理人ないし使者であるように言つて、これが買受の交渉及び代金の支払をしたこと、従つて、訴外日比貿易としては買主が控訴組合であると考え、右代金の領収証(乙第一号証)の宛名を控訴組合と記載したことが認められ、右認定に反する前掲証人梶家の証言、ならびに、控訴組合代表者本人尋問の結果の各一部は、前掲甲号各証の記載に照らして信用することができず、他に右認定を覆すに足る的確な証拠がない。控訴組合は、右買主が控訴組合であつたことは、破産者において本件手形に裏書をしていないことからみても明らかであると主張し、右手形に破産者が裏書していないことは前掲乙第三号証の二によつて明らかであるけれども、この事実をもつて前示認定を左右することができない、更に控訴組合は、当審における主張四において、原判決理由の一部を攻撃しているけれども、右は原判決の趣旨を誤解していることに起因したものであることは、原判決理由と右主張を対比して明らかなところであるから、右主張についてはこれ以上判断する要をみない。
三、被控訴人主張の本件弁済の内7ないし14の弁済が本件否認の対象になるものであり、控訴組合及び破産者において、右弁済が他の債権者を害するものであることを知つていたと認められるべきことについての当裁判所の判断は、破産者の妻サミが、池田市所在の土地を自己の資金で買入れ所有していたとの主張に副う当審証人梶家サミの証言はにわかに措信し難く、他に同女がなんらか固有の財産を所有していたことについて、これを認めるに足る的確な証拠がないことを付加するほか、原判決理由に説示するところと同一である。
四、してみると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求中、右7ないし14の弁済を否認し、右弁済金合計金二、六〇五、三八八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる同三二年四月二八日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余の部分を棄却した原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。
<省略>